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あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

あかつき屋のホームページはこちらです。

金沢なごり雪 坂の町を歩く -観音坂-

ここ一、二日、数日ぶりの雪となりました。2月も末ですから、名残(なごり)雪と言えるかもしれません。
そんな中、あかつき屋の仕事の合間を縫って、ふだん訪れることのない、金沢では由緒ある坂を友人らとともに歩いて訪れました。

そこは、観音坂。中腹には、昨年10月にオープンしたという町家づくりのカフェ「観音坂いちえ」があり、しばし歓談の時間をもちました。

(観音坂。数日ぶりの雪で静かなたたずまいを見せていました)
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観音坂は、ひがし茶屋街の山側にあるところ。夏の四万六千日法要で知られるお寺・観音院へと続く坂道です。
七稲地蔵で有名な寿経寺から、ちょっといったところにあります。

訪れた時は、雪が降っていました。滑らないように足下に気をつけながら、一歩一歩階段を上っていくと、お目当ての町家カフェ「いちえ」さんがありました。

(観音坂の中腹にある町家カフェ「いちえ」)
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このカフェは大正9年に造られた建物を昨年改築して、オープンしたそうです。店内は町家独特の深みと落ち着きの中にも、現代的なセンスも感じられます。

(窓外には、雪で白くなった家並みがありました)
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窓外は、そんなに激しくないものの雪が降り続いています。浅野側河畔に広がる町の風情を楽しみながら、友人らとともに近況などを語らいました。

県立美術館裏 晩秋の彩り鮮やか

お客様をお送りした後の昼過ぎ、妻とともにあかつき屋から歩いて県立美術館を訪れました。見学後、その裏手にある小道を散策しました。木々はさらに紅葉の度合いを進め、色鮮やか。雨上がりだけに、一帯は、ひんやりとした空気が満ちる中、葉のざわめきや水の音を耳にしながら、ひとときを過ごしました。

(県立美術館裏の小道。木々の紅葉が美しい)
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県立美術館では、北國水墨画展が開催されており、それに父が近作を出品しているので、鑑賞で訪れたものです。見学後、美術館の喫茶店でお茶しようとしていたのですが、満席のためかなわず、ふらりと裏手に出ました。

そこには、崖に沿って小道が整備されていました。適度にカーブしているので、景観としてよいばかりか、歩いていてもどこか心弾む感じ。晩秋の木々の色合いの妙を楽しみながら、気ままに歩きました。

(繁みの間から21世紀美術館=手前と市役所=奥が見えます)
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途中、繁みが切れたところがあり、そこから下界が望めます。下はどこだろう。見下ろすと、金沢21世紀美術館と市役所が正面にあるのでした。緑の小窓から、アートのトレンドの最先端をゆく21世紀美術館と金沢市の行政の中心が見えるわけで、金沢の中心部を象徴する風景のように映りました。

(本多町へと下りる階段。傍らでは、滝が水しぶきを上げて流れています)
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小道から、本多町方向へ下りる階段があります。市中村記念美術館へと通じる道です。傍らには、滝が流れています。雨の後とあって、ふだんより水かさが多いようです。
周囲がとても静かなだけに、滝の水音は、荒々しくさえありました。



細く、薄暗い坂 そこは「裏門坂」

あかつき屋にお泊まりのお客様をお送りした後の昼下がり。小立野に行く用事があったので、今日は木曽坂を通っていこうと思い、永福寺手前にさしかかったところ、左手に見慣れぬ坂道があります。
細く、薄暗い坂。どこに続く坂だろう。立ち止まって上を眺めていると、近隣に住んでいると思われる男性から声をかけられました。聞けば、その坂、「裏門坂」と言うそうです。

(細く、昼なお暗い「裏門坂」)
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私が、この坂に興味をもった雰囲気を漂わせていたのか、その男性はもの慣れた調子で、問わず語りにいろいろと教えて下さいました。
聞けば、この坂は、「裏門坂」と言い、前田家の菩提寺として知られる宝町の宝円寺へと続く坂道だそうです。

宝円寺は以前に小立野から行ったことがありますが、そのふもとからは、こんな坂道から行けるのか。不思議な気持ちになりながら坂を上がって行くと、道々、男性はいろいろと教えて下さいました。
「裏門坂というのは、宝円寺がかつて正門がこちら側(ふもとの扇町側)にあったのが、藩政時代、火事や大雨などの災害により、宝円寺が再建され、正門が馬坂側に移ったそうです。このため、ここが裏側になったため、その名前が付いたんです」

(裏門坂中腹から見下ろす。賢坂辻界隈の家並みと卯辰山が望めます)
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さらに男性は話しを続けます。木曽坂がある木曽谷は、深閑とした様子が、信州の木曽に似ているからその名が付いたこと。
またこの裏門坂付近で起こった藩政時代の秘話や、この坂付近は自然が多いことから、ムジナのような小動物が見られることなども説明されました。

そんな話しに素直に頷けるほど、この坂道付近は、身も縮むような神秘さを備えています。よく通る八坂と違って、この坂は両側から木々が坂にせり出し、日の光と視界を遮っています。
外灯が、数カ所に設けられているとはいえ、夜、男でも一人歩きするのには、勇気がいる感じです。

そうこうするうちに坂道を登り切り、さらにその男性の後を付いていくと、墓地群に出ました。そこは、宝円寺の裏手にある墓地だそうです。

(宝円寺の墓地にある前田家ゆかりのお墓)
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お寺でありながら、鳥居が続く珍しい一角がありました。なんか、恭しい佇まいです。
男性は、言葉を添えました。
「前田家ゆかりのお墓です。江戸時代までは、そんなことがなかったのですが、鳥居があるのは、明治になって(葬祭が)神式になったからではないでしょうか」。
鳥居は、明治になってから建てられたとの見方があるようです。




えっ!八坂にフランスの都市「Dijon」

あかつき屋からお客様を兼六園までご案内する通り道にある八坂。そこに、フランスの都市の名前があることを知りました。
今朝、日本人女性とフランス人女性2人の3人のお客様をお連れして、八坂を上っている途中、フランス人女性が驚きの声を上げられました。「あっ!ディジョン!!」。立て看板にフランスの都市ディジョンが書かれているというのです。

(八坂にあるDijonと記された看板)
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あかつき屋にお泊りになったこのお客様は、建築を学ばれる3人です。現在大学院生である日本人女性Kさんが、フランスに留学された際にお知り合いになったフランスのお友達2人とともに、あかつき屋にお越しになりました。

兼六園へと行くいつもの坂道である八坂。そこに意外な発見がありました。
坂の石段を上がっている途中、フランス人女性から声が上がったのです。「ディジョン!」と。

思わず振り返ると、看板を指しておられます。
それは、ユニーク看板で知られる「のうか不動産」さんのアパートのそれです。
「Dijon」と記されていました。

何のことか分からず尋ねると、フランスの都市の名前だそうです。
「え?そうなんですか。そこは、どこにあるんですか」。

するとKさんが説明して下さいました。
「フランス内陸にある都市です。マスタードで有名です」
そこは歴史的建造物も多く、「きれいな町」(Kさん)だそうです。

へぇー。そうなんだ。で、何でここにそんなフランスの町の名前が付いたアパートがあるんだろう。
こればっかりは、のうか不動産さんに聞かないと分からないところです。
八坂は、坂の町・金沢の風情を漂わせているだけではないのですね。

(八坂を登りきったら、前方に紅葉始まった兼六園が)
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坂を登りきったら、一同からまた声が出ました。兼六園の木々の紅葉が始まっているのです。
昨日通った時は、気がつかなかったのに。わずか一日の違いで。
百万石の城下町、秋深まる、ですね。










近隣にある湧水 お客様と馬坂不動尊へ

真夏日が続く中、あかつき屋に連泊されたお客様のご要望で、近くの馬坂不動尊へ歩いていきました。そこは、坂の山肌から湧き水が流れ出ているところ。そこで、ひしゃくに水をくみ、いっとき涼感を楽しみました。
坂を登りきったところには、小立野寺院群のひとつであるお寺「高源院」があり、お参りさせて頂きました。

(馬坂不動尊で霊水をくむお客様=写真掲載了解済)
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お客様は、神奈川県からお越しになった娘さんとお母様の親子で、金沢は初めてとのことでした。
娘さんがこのブログをご覧になり、ブログで以前にふれた馬坂不動尊へ行ってみたいとおっしゃったので、ご案内したのでした。
途中、扇町や天神町の歴史的街並み「こまちなみ」も紹介しながら、馬坂の坂を登り、その中腹にある不動尊に着きました。東屋風の木造の建物の奥に進み出ると、上のほうから水が流れ落ちていました。見ると、竜の口から水が出ているのでした。
(竜の口から湧き水が流れ落ちています)
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その娘さんとお母様は、ひしゃくで水をすくって、手を清められました。そんな時、娘さんは突然声を上げられました。
「あ、カニがいる!」と足元の水がたまっているところを指差されました。
「え?本当ですか」。私は、その方向に顔を向けましたが、カニは直前、土の中に身を隠したあとでした。
そんな自然もここには、残っているんだ。新たな発見をしました。

眼病に効くという言い伝えがあり、霊水とされているこの不動尊にしばらくたたずんだ後、さらに「く」の字の坂を上がって、加賀藩主・前田家ゆかりの「高源院」さんへたどり着きました。