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あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

あかつき屋のホームページはこちらです。

若狭小浜で学ぶお宿と観光

この週末、お休みを頂いて福井県の若狭地方にお宿の研修に行ってきました。訪れたのは、小浜の海辺の民宿「さわ」さんで、ここで一泊させてもらいました。
このほか、観光拠点施設・道の駅「若狭おばま」などにも寄り、小浜の新たな観光の息吹にもふれました。

(泊まった民宿さわさんと、女将さん)
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(民宿の前がすぐ海です)
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あかつき屋も今度の年末で、開業丸二年を迎えます。お蔭様で、国内外の大勢のお客様にお泊り頂いていますが、ここで一度立ち止まって、振り返るのも必要かと考え、初めての泊りがけ研修をさせて頂きました。

宿泊したお宿の民宿さわさんは、目の前がすぐ海で、景色がとてもよろしいところ。ここで頂いた夕食は、小浜の海の幸が盛りだくさん。
キダイ(レンコダイ)の塩焼き、天然カンパチ、ヨコワ、アオリイカのお刺身、サザエの煮物、カワハギと季節の野菜が入ったお鍋、肉厚のアナゴなどのてんぷらなどが、食卓に並びました。

女将さんは「小浜の海は魚の種類が豊富。その上、水もきれいなんですよ」と説明して下さいました。「海の水は、滋賀県の山から滲み出して、100年かかって海に注いだもんなんですよ。だからお魚もきれいで新鮮なんです」とのこと。
「大都会の海では、食べにくいボラなんかも、ここのはきれいだから、ふつうに食べるんですよ」。
そんな話しをうかがうと、どのお料理もなおさらおいしく感じられました。

お宿のご主人や女将さんからは、地元のことや、お宿のことなど、いろいろとお話を聞かせて頂きました。特に興味を持ったのは、以前このお宿のご主人は材木の商いをしていて、さらにその前は大工さんだったとのことでした。

今の民宿の真新しい建物は、昨年7月に新築されたもの。それまでは、材木商を営んでいた時の建物を利用して民宿を開いていたのでした。
聞けば、小浜は、かつては木材の集積地だったとのこと。昔、駅の近くには、木材の集積所があり、数多くの木材が集められたとのことでした。
小浜には数多くのお寺があり、歴史の町というイメージがあっただけに、また別の顔を見る思いがしました。

また、このお宿のご先祖が大工さんだった頃は、打ち身などに効く自家製のお薬を販売していたというのは、興味深いエピソードでした。

家や地域には、表には出ない物語やエピソードが、いろいろとあるのだなと、感じたことでした。

(さばトラななちゃんと、その猫をお世話する小浜市の担当の男性)
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新たな観光スポットとして、昨年3月に誕生した道の駅「若狭おばま」も、楽しいところでした。
そこには、ゆるキャラで猫の「さばトラ ななちゃん」が、お客さんに愛きょうを振りまいていました。聞けば「小浜市の公認キャラクター」であるとのこと。

ななちゃんのお世話役の小浜市の担当者の方とおしゃべりしたり、ななちゃんとふれあったりしていたら、気持ちも明るくなり、楽しい気分で帰路につきました。

東京へ 学びの一泊二日

この度、仕事の合間を縫い一泊二日で東京へ行ってきました。
主な目的は、ゲストハウスの勉強で、ゲストハウスとしては大先輩の「サクラホテル神保町」さんに泊まりました。いくつか収穫があったことに加え、久しぶりに東京の空気を吸って気分も一新、リフレッシュした気持ちでお宿業に励んでいます。

(サクラホテル神保町)
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サクラホテルさんを自らの研修先に選んだのは、東京で働く息子の勧めがあったから。このホテルは、一階にカフェがあるのですが、そこで息子が以前にお茶を飲んだことがあり、「なかなかいいゲストハウスだ」と紹介してくれたんです。

このホテルは、安価で泊まれる、外国人旅行者を対象としたお宿としては、日本でも先駆的な存在のようで、スタッフの応対や掲示物などに伝統を感じました。
ただ、さすがに今回の大震災の影響からは逃れがたく、震災後外国人旅行者は激減したとか。
それでも、朝一階カフェで落ち着いた表情で朝食をとる外国人カップルらの姿を見ると、外国人らには居心地の良いお宿として親しまれているんだなと感じました。

あかつき屋も、いい意味で、そつがなく、安定した心のこもったおもてなしができるよう、さらに精進しようと心に誓いました。

(皇居のお堀)
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(梅林坂の梅)
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このホテルからは、皇居が近いので、チェックアウト後、歩いてそこへ向かいました。
雨に濡れた後とあって、皇居の緑はしっとりとした色合いを見せており、一帯は都心と思えない静けさがありました。
梅林坂の梅の木は、熟れた実をつけており、ひしめきあう実は、重たげでもありました。

(お堀の周りを走る皇居ランナーたち)
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お堀の周りは、うわさの皇居ランナーたちが、黙々と走っていました。マラソンを愛好する身としては、少なからず刺激を受けたことでした。








にし茶屋街 「ちえ」さん「純子」さんって、どんな女(ひと)?

にし茶屋街にある検番事務所を初めて訪れました。玄関に入ったら、壁にうちわがいっぱい立て掛けてあり、その一つひとつには、芸妓さんの名前が書かれてありました。
「ちえ」「純子」「ゆき葉」「夕子」「まり千代」…。花びらが集まって一つの花をつくるように、うちわが白い花のように見えました。

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この日、西検番事務所では金沢市主催の講座「金沢くらしの文化再発見 茶の湯のもたらしたもの ~金沢のくらしと文化的景観~」が開かれたのでした。この検番事務所は大正ロマンが漂う建築物で、国の登録有形文化財になっています。それだけに、一度中に入ってみたいと思っていたのでした。

(にし茶屋街と西検番事務所)
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検番事務所はふだん芸妓さんの稽古場や西料亭組合の事務所として利用されているところ。建物の雰囲気といい、掲示板に書かれている内容といい、いかにも茶屋街の拠点施設といった感じです。

玄関の壁に据えられたうちわに記された芸妓さんたちは、にし茶屋街では第一線で活躍されている方々でしょう。
ただ、この花街は日中散歩がてらに通ったことがあっても、夜、玄関の敷居をまたいだことは一度もありません。

町家ゲストハウスにお泊りのお客さんが、そんな世界にふれたい、とリクエストされた時の対応方法は?
茶屋街は、金沢の魅力をつくる重要な要素ですから、そんな場合に備えておかないといけないですね。

なお、検番事務所けいこ場で開かれた講座では、北陸大学の小林忠雄教授が「金沢のくらしと文化的景観」と題して基調講演され、続いて、各分野の専門家4氏によるパネルディスカッションがあり、勉強になりました。



大坂城造営、加賀藩も加わった!

「日本三名城の一つ大坂城の造営に加賀藩も加わっていた」。昨日県立美術館で開かれた金沢城大学で講師の木越隆三県金沢城調査研究所副所長が「天下普請と金沢城普請」と題した話の中で披露したものです。
何年か前に大坂城を訪れ、その時はこの地で壮絶な大坂冬・夏の陣が繰り広げられたことを屏風絵などで学びましたが、今回は築城に関わる加賀藩との関係について知り、さらに郷土史への興味が増しました。
(大坂城)
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加賀藩が関わった大坂城の造営は、大坂の陣以後の徳川大坂城と言われた時代のこと。3期に分けて行われ、加賀藩は前田利常組が、他の諸藩とともに、主に石垣の建造に当たったのでした。

その石垣の造営は、自藩の技術力や統率力が試される機会であったようで、歴史資料に加賀藩の一行が、工事が終了し、さぁ帰国しようとした際、検査に当たった公儀普請奉行から、クレイムがつけられ、危うく工事し直しになるところで肝を冷やしたとの記述があります。

(「江府天守台修業日記」に添付された絵図)
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ただ、このような城造営のための「出稼ぎ」は、苦しいことばかりではなかったよう。江戸城天守台の石垣普請について記された「江府天守台修業日記」に添付された絵図では、地方から来た大勢の男たちが、綱でくくりつけた大きな石を引っ張る姿が描かれています。
その男たちの表情には、高揚感があり、生き生きとした雰囲気があふれています。石の上に乗っている数人の男たちは、綱を引く男たちを鼓舞しています。

まるで、お祭りで曳山を引くよう。美川のおかえり祭りや、七尾の青柏祭などを思い出しました。
男たちは日中の仕事が終わったら、お酒など飲み、疲れをいやすとともに、芸事にも興じたようです。
いつの時代でも、「出張」は心浮き立つところがあるのですね。









金沢城で加賀藩の伝統文化学ぶ

金沢城公園河北門で今夕、平成22年度城と庭の探求講座「金沢城大学」が開講し、受講しました。来年3月まで月ほぼ2回のペースで開かれるこの講座、初回は「加賀藩の伝統文化 -その歴史と特質-」と題して、県立美術館の嶋崎丞館長が話されました。
(「加賀藩の伝統文化 -その歴史と特質-」等の資料)
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この講座は、県金沢城・兼六園管理事務所などが主催しているもので、歴史・文化コースと城と庭の魅力コースの2つのコースがあります。この日の講座は、両コースの共通講座で、公開形式で開かれました。

会場となった河北門(二の門)内の広間では、やはり受講者の大半は中高年で占められており、その中では私は若手の部類に入るのではと思い、座布団の席に着きました。

講師の嶋崎県立美術館長は、利家から始まる加賀藩の各藩主の時代と文化への取り組みを豊富なエピソードとご自身の見方も加えて、分かりやすく話されました。

ほぼ2時間と長時間に及んだ講演でしたが、味のあるお話しぶりに時のたつのも忘れ、藩主とその時代へのさらなる興味をかきたてられました。
(ライトアップされた河北門)
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会場から外へ出ると、すっかり夜が更けておりました。ライトアップされた河北門をしばし眺め、満足感を胸に家路につきました。