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あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

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大坂城造営、加賀藩も加わった!

「日本三名城の一つ大坂城の造営に加賀藩も加わっていた」。昨日県立美術館で開かれた金沢城大学で講師の木越隆三県金沢城調査研究所副所長が「天下普請と金沢城普請」と題した話の中で披露したものです。
何年か前に大坂城を訪れ、その時はこの地で壮絶な大坂冬・夏の陣が繰り広げられたことを屏風絵などで学びましたが、今回は築城に関わる加賀藩との関係について知り、さらに郷土史への興味が増しました。
(大坂城)
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加賀藩が関わった大坂城の造営は、大坂の陣以後の徳川大坂城と言われた時代のこと。3期に分けて行われ、加賀藩は前田利常組が、他の諸藩とともに、主に石垣の建造に当たったのでした。

その石垣の造営は、自藩の技術力や統率力が試される機会であったようで、歴史資料に加賀藩の一行が、工事が終了し、さぁ帰国しようとした際、検査に当たった公儀普請奉行から、クレイムがつけられ、危うく工事し直しになるところで肝を冷やしたとの記述があります。

(「江府天守台修業日記」に添付された絵図)
shirodukuri1.jpg

ただ、このような城造営のための「出稼ぎ」は、苦しいことばかりではなかったよう。江戸城天守台の石垣普請について記された「江府天守台修業日記」に添付された絵図では、地方から来た大勢の男たちが、綱でくくりつけた大きな石を引っ張る姿が描かれています。
その男たちの表情には、高揚感があり、生き生きとした雰囲気があふれています。石の上に乗っている数人の男たちは、綱を引く男たちを鼓舞しています。

まるで、お祭りで曳山を引くよう。美川のおかえり祭りや、七尾の青柏祭などを思い出しました。
男たちは日中の仕事が終わったら、お酒など飲み、疲れをいやすとともに、芸事にも興じたようです。
いつの時代でも、「出張」は心浮き立つところがあるのですね。









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