ゲストハウスあかつき屋を営む傍ら、時間があればお客様を近隣にご案内することが多いので、知識の確認や習得を目的に初めてこの講座に参加させて頂きました。
(けんろく講座でお話しされる紺谷さん)

講師は、古い町家が続く天神町にお住まいの紺谷啓さん(76)で、紺谷さんは、市のボランティアガイドまいどさんも務めておられます。
紺谷さんは子どもの時から地図を見るのが大好きだそうで、本講座でも江戸や明治、そして昭和30年代の地図を使って、味噌蔵町校下(校区)の様子や変遷を説明して下さいました。
(興味深かった藩政時代の金沢の地図)

ここは何と言っても、前田の殿様のお膝元。現在も藩政時代には防御の役割も果たした寺院がお城のふもとに集積しており、お殿様が参勤交代で通った街道も当時の面影を少なからず残しています。
私は日常よくこの界隈を歩いているので、紺谷さんが一つひとつ示される場所が目に浮かび、その説明が手にとるように分かりました。
あかつき屋界隈のことも紹介されました。ここは藩政時代、藩主が参勤交代の際、殿様の身の回りの弁当や矢箱、提灯などを運んだ「御小人(おこびと)」が住んだので、かつて御小人町と呼ばれました。その名残は現在もあり、あかつき屋の横の太い電柱には、「御小人町」と記されています
(昭和30年代の御小人町界隈の地図。矢印が現在のあかつき屋の位置)

講座では、あかつき屋の前のお寺広済寺さんのこともふれられました。「とても歴史のあるお寺で、昔、お城の中に、このお寺があった時、おちょぼという下女がいて、毎日、井戸の水を汲みに、外に出ていました。小高いところに現在もその井戸の跡があります」と紺谷さん。
私は、その逸話については既に聞いて知っていますが、他の参加者はご存じないようでした。
現在の兼六大通りができる前の昭和30年代の地図も紹介されました。その頃から半世紀ほど経っており、街は随分と様変わりしましたが、下町人情は今も息づいており、そんな気風を心地よいものとして、毎日を過ごしています。
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