その一対の雛人形、そのご家族、ご親族のかけがえのない宝物になっており、今年もこのお雛さまを飾り、桃の節句を迎えられます。
(清水家の先々代の鉄男さんが手作りされたお雛さま)

このお雛さまを作られた父親がおられたのは、実はあかつき屋の隣家の清水さんのお宅です。
清水さんの今のご主人のおじいさん(故人)は生前は、お寺の庫裏なども設計施工されるほどの腕の立つ大工の棟梁で、隣家であることから、このあかつき屋の町家も造られているのです。
清水さんのご主人は、直接的におじいさんの思い出はないそうですが、現在の洋風のお住まいや、椅子などの家具類も自ら手がけられたところから推察すると、当時のトレンドも理解されて建物に独特の意匠を凝らすなど、「なかなかおしゃれなところもあった」(清水さんご主人)ようです。
(腕の立つ大工の棟梁だった清水鉄男さん)

そうした点は、今はゲストハウスに生まれ変わったこの町家でも感じるところで、建築の専門家の方々も来訪されると、柱や腰板、窓、天井など様々な点で、材料や工法等において、手がかかっていることを指摘されます。
この手作り雛人形の存在は、お隣の清水さんのお宅とのお付き合いで知ったのでした。
現在のご主人のおじいさんは、「鉄男」といい、鉄男さんが初めての娘・「和枝」さんの誕生を喜び、自ら材料を準備し、お雛さまをこしらえられたのでした。
おじいさんお手製のお雛さまについて初めて話をうかがった時、木地がむきだしの極めて素朴なものと思っていたのですが、実際に拝見させて頂いたところ、雄雛、雌雛にそれぞれ着色されているせいか、地味な感じはしません。
ついたての裏面には、「大正9年 父(鉄男)が作成」と毛筆で記されています。
そして何より、微笑を浮かべている、そのお雛さまの表情が、見る者の心をなごませ、いつまでも見入っていたくなるのです。
親が子を思う純な気持ちが、これほどまでに分かるものはなく、見る者は、生を享受した者の意義にまで思いを至らせ、謙虚に初心に返らせてくれるのです。
鉄男さんの娘の和枝さんは、今年92歳になられます。残念ながら、ご高齢のため今は、病院で晩年を過ごされています。それでもこの時期、父親が作ったお雛さまのことは承知していることから、家族がそのお雛さまのことを話すと、表情を緩められるそうです。
この雛人形、言うまでもなく、清水さんご一家、ご親族の心のよりどころであり、誇りにもなっているようです。
そして、私たちは、そんな腕の立つ大工さんだった鉄男さんが建てたこの町家に住むこと自体が大いなる喜びであり、この町家については、その造りの良さだけでなく、作り手や、これまで住まわれた方のお気持ちも、お泊りの方々にお伝えできればと思っています。
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