このツアーは、単なるお庭観賞というのではなく、そこでは、ふだんお世話する庭師さんなどからお話をうかがうところが、キーポイント。庭師さんからは、予想を超える貴重なお話を聞けて、参加者は大満足。企画した私どもは、庭園文化観光の確立に向けて、手ごたえを感じました。
(日用の苔の里。高社長さんが説明)

(美しい苔が広がる園)

一行は午前9時に金沢駅前を出発。最初の訪問地の小松市日用集落にある苔の里に1時間で到着しました。
そこでは、この地で造園業を営む高造園の社長さんが出迎えてくれました。
やや山に入ったところにある集落。雨上がりのせいもあってか、空気は清々しく、ひんやりとしたものも感じました。
高社長は、この苔の里の成り立ちから説明。杉木立に囲まれたここは、適度な日陰と湿度があり、苔の生育に適しているのだとか。家々の瀬戸(裏庭)には、自生する苔を丁寧に育てているところも多く、そうした空間を整備して、この苔の里の完成に至ったのだそう。
そうした歩みの中で、苔の里推進の起爆剤になった出来事があったとのことでした。それは、秋篠宮殿下がこの地を訪れ、さらには、翌年ご長女真子さんも、お越しになったことです。
「皇族方が来られる。こりゃ大変だ」と住民の方は震えるほどに身が引き締まり、苔の里の整備に一段と力を入れられたのでした。苔の手入れに全力を挙げるとともに、敷地の横を流れる用水を石垣にするなどして、庭園をグレードアップしたのです。
今となっては笑い話のようですがと、高社長さんは振り返られましたが、過疎化が進み戸数はわずか7軒、住民は20人ほどになった小集落にとっては、大変な大仕事だったことは、容易に想像がつきました。
ですから、美しい苔の里の維持管理には、大勢の人の手が当然必要となりますが、「その確保には、苦労が絶えないです」と内情を語られました。
こうした集落の事情や、日々のご苦労を聞いていると、とても浮かれた物見遊山の気分にはなれませんでした。
雨のしずくをつけて輝く苔の広がりを前にして、一行は、言葉にならない感動が胸の中に広がりました。
(紅葉が見頃を迎えた那谷寺)


この後、苔の里から近い、那谷寺へ。ここは、ちょうど紅葉の真っ盛り。ふだんは特別拝観となっている琉美園を皮切りに、参道を歩き、奇岩遊仙境付近までを散策しました。
紅葉は心をとらえ、さらには、その借景とも言える崖地、岩肌は迫力があり、一帯は絶景・絶佳と言える風景です。地元ボランティアガイド団体「ようこそ」の男性の話もそつがなく、あっという間に時間がたちました。
(一行は季節のうどん鍋を賞味)

(会長さんからお庭の手入れについてうかがう)

昼食会場は、小松うどんの名店・中佐中店へ。一行はほどよくお腹が空き、カニうどん鍋コースや加賀丸芋うどん鍋コースなどを賞味しました。
このおうどん屋さん、実は、きれいなお庭があるのもセールスポイント。このお店の会長さんが、ふだんから熱心に手入れしており、雑草や枯れ葉一つない見事なお庭になっています。
「今年の暑い夏の日は、一日に朝、昼、夕方と3回水をやった」「水道の水は良くなく、山の水が苔にはいいね」。会長さんはそう話し、毎日一時間ほどかけるお庭の手入れについて、明るく語ってくれました。
おうどんを食べながら、窓越しに素敵なお庭を眺める。このお店の醍醐味と言えるでしょう。
その後は、最後の訪問地・小松の旧市街竜助町にある滝本茣蓙店へ。小松はかつてはイ草の産地で、畳表が特産品になっていました。今は、その畳表生産者は、一軒だけになったそうです。藩政時代から高度経済成長期前頃までは、このお店はイ草を材料にした茣蓙を中心に商いをされていましたが、ライフスタイルの変化に合わせて今は生活小物やインテリア品など幅広く扱うようになり、住空間の設計まで手がけておられます。
(滝本茣蓙店で歴史ある店内について説明を受ける)

店主の女性が、私たち一行を出迎えて下さいました。およそ240年の歴史をもつこのお店のことやお庭などについて紹介して下さいました。
「お庭の真ん中にある松の木には、実はエピソードがあるんです。100歳で亡くなった私の祖母が、ここにお嫁に来る前、このお庭を見た祖母の父が、こんな立派な松がある家なら間違いない」と結婚に太鼓判を押したのだという秘話を話されました。
店主さんは小学校3年生の時は、小松伝統のお祭り・お旅まつりでは、子ども歌舞伎に出演した経験もあり、その当時の写真の何枚かをパネルで紹介して下さいました。そこには、長寿で他界された祖母と一緒に映ったものもありました。
店舗は堅固な町家造りをしていますが、昭和初期に大火に遭い、建て直しという曲折もあったそう。今は、古い家並みが続くこの竜助町にあって、シンボル的なお店として、意気軒高なところを見せておられます。
北陸新幹線の延伸で数か月後には、小松にも新幹線駅が誕生します。「この街にも金沢の何分の一かでもいいから、お客さんが来てくれたらうれしいですね」と店主。この地に生まれ、古くからの生業(なりわい)を守り、今は街を元気にしようと尽力される姿に、一同は心から応援したくなりました。
庭園は、一見静的なものに見えますが、そこは、人の手と知恵と根気が凝縮された空間であることをも知ったツアーとなりました。庭園美と味覚と人の気概や情熱にふれた旅。これらが庭園文化観光のエッセンス、コアではないかとの思いを抱きました。
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