2月も後半となり、雪は峠を越えたと思っていたら、突然の大雪。一晩で40㌢ほどの雪が降り、再び除雪に悪戦苦闘することに。この時季のこれだけの雪は記憶がなく、ここにもグローバルな気候変動の余波かと思いたくなりました。
雪が小康を保ったタイミングを見計らって、街なかに歩いて出かけました。その帰り道の日暮れ時、思いがけず絶景と出会いました。
金沢城ふもとに続く白鳥路。見事な雪の風景を描いていたのでした。旅人ならずとも心ふるわす純白の世界。寒さを感じながらも、雪の回廊の各所にカメラのレンズを向けました。
(大雪の後、薄暮時に白鳥路を歩く)

白鳥路は、四季折々の美しさを見せる、隠れた金沢の名所と言える散歩道。新緑、紫陽花、初夏のホタル、そして紅葉と、自然の移ろいと豊かさを身近に感じることができ、私たちの大好きな場所です。
その小径で、今夕に大発見。純白の雪の舞台に、林立する彫刻群が、外灯に照らされて、ぽっかりと浮かび上がっているのでした。文豪像のほかに、女性像などが新たな命を得て、神々しく輝いているのです。
県都金沢の真ん中に位置するこのエリア。にもかかわらず時間が止まったかのような、神秘的で静謐な世界が生まれているのでした。
(樹氷のような姿を見せる木々)

あかつき屋のお客様をお見送りした余韻が残る中で、片時、この風景との邂逅に、胸の内は感謝と祈りが渾然一体となった思いに満たされました。
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お客様を通じて、伝統工芸が多彩な金沢の街の魅力を再発見する機会となりました。この週末に東海地区からお越しになった男性のお客様。今回の金沢訪問の大きな目的は、金箔工芸のマウスパッドを求めることでした。
IT時代においては、マウスパッドはパソコンの友とも言える欠かせない物。その男性は、7年前に訪れた金沢で同じそのパッドを購入したのですが、古くなったからと急に思い立って金沢旅行を企画し、それを手に入れられたのでした。
(箔工芸のマウスパッドを買われた男性=写真掲載了解済)

(あかつき屋でくつろがれるお客様)

そのマウスパッドは、葛飾北斎の絵をベースにしたきらびやかなもの。男性は満足そうな表情を浮かべて私に披露して下さいました。
そのマウスパッドは、金箔工芸品を製造販売する箔一さん(香林坊大和内)で買ったそう。金箔工芸品は、飾り皿や食器、アクセサリーなど幅広いアイテムがあることは知っていましたが、マウスパッドまであるとは知りませんでした。男性は職場では、金沢ならではのそれを手元におけば、お仕事がはかどるようです。
(海天すしさんで=ご提供写真)

(倫敦屋酒場さんで=同)

その男性は、金沢にはご友人お二人とお越しになりました。ご滞在中はあいにくの雨模様でしたが、お寿司や海鮮丼などで日本海の幸を堪能し、倫敦屋酒場さんでお店の人と心おきないおしゃべりを楽しまれました。
寒さが長引く城下町金沢ですが、旅人の期待をけっして裏切らない街であることを再確認したことでした。
この度のご宿泊ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。
およそ90年の歴史をもつ国登録有形文化財のあかつき屋。ここは、建物が古いだけでなく、遺された備品や調度類についても注目すべきものがあります。前の家主さんは、そんな逸品について、建物とともに私どもに託されたので、私たちはそれらを大切に使わせてもらったり、保管もしています。
その中で、モノクロの古い写真の数々があります。これらを倉庫にしまっていたのですが、この度その中を整理した際、とても貴重なものと思えたので、先日、県歴史博物館(歴博)に持っていき、学芸員の方々に鑑定をお願いしました。
セピア色に変色した写真には、大正時代のものではないかと思われるものもあり、学芸員さんと往時に思いをはせました。
(軍人さんらが整列した古い写真)

古い写真は10点ほどあり、テーブルの上に並べて見てもらいました。その中の一つに軍服姿の男性が幾列かになって整列しているものがあります。写真の隅には、兼六園のそばで撮られたものとの記載があります。
学芸員さんはこれは金沢を拠点とした第9師団第7連隊の集合写真とした上で「大正末期から昭和初期にかけての写真じゃないか」と事もなげに話されました。というのは、軍服の色がまちまちになっているからです。
写真は白黒ですが、色が濃いのが実際は紺色で、薄めのものがカーキ色と学芸員さんは推測されました。
「紺色の制服は日露戦争が終わる頃まで使われ、カーキ色のものは大正末から昭和初期にかけて(兵隊さんが)着用したから」と写真の年代推定の根拠をおっしゃいました。
(歴博で古い写真の数々を見てもらいました)

その写真の中に、民間人らしき人も多数映っています。これについては「当時、地元で徴兵業務に尽力した地域の世話役さんとも考えられる」と想像されました。「その労に感謝する意味での記念写真的なものではないか」と学芸員さんは話されました。
その人たちの表情を見ると、厳粛な中にも、誇らしげにも見えます。
一方で、当時の地元金沢(?)の産業事情が垣間見える写真もありました。織物工場の内部が写され、女工さんたちが大勢働いています。繊維産業は戦前から戦後のかなりの期間まで、石川の基幹産業でしたから、そんな写真があっても何ら不思議ではありません。
そして、その工場を開設するに当たっての建物の上棟式(建ち前)や完成したと考えられる写真も残っていました。また、記念写真や、何人かの人物の写真もあり、学芸員さんは「この人とこの人は同一人物だ」と顔の様子から判断されました。
これだけの歴史資料からは、5W1Hを特定するには遠く及ばず、また歴博さんにおいても、その史料を今必要ということもないとのことで、これらを持ち帰った次第です。
先の週末、立春が過ぎたというのに、朝から晩まで雪が絶え間なく降り続きました。いったいいつになったら止むのか。寒さに加え、道路事情の悪化や家屋などへの負荷に対する不安などから、憂鬱な時間を過ごしました。
そして、翌七日朝。雪は収まり、青空が見え始めました。やれやれ。週末は除雪や庭の木の枝の雪払いに追われていただけに、気持ちも明るくなりました。早速家周りの除雪に精を出すことに。
(雪景色の主計町の通り)

(浅野川に架かる中の橋から)

雪のやり場がないのが悩みの種ですが、それでも最低限人が行き来できるだけの空間を確保しました。家にこもりがちだった数日だったので、午後は街なかへ出かけました。白くなった街に映える歴史的建造物群。そして、穏やかに活動を再開させた人々。それは紛れもなく、城下町金沢の美景でした。
兼六園をはじめとして、あかつき屋界隈から歩いてそんなに時間もかけず行ける主要観光スポット。最初に足を運んだのは、三茶屋街の一つの主計(かずえ)町。屋根、木々、浅野川の河畔は雪が積もっています。それらは陽光を受けて、まぶしいほどに輝いています。
つい昨日まで、うらめしかった雪が、今は純白の綿のジュエリーです。観光に訪れた女性たちも心が弾むよう。そこここに足を止めながら、様々な表情を見せる雪の風景に視線を向けていました。
(暮れなずむ、しいのき迎賓館一帯)

街の中心部・しいのき迎賓館にも。その周辺の広場は、雪野原。誰が歩いたのか、雪の上に足跡が蛇行する形で残っています。
辰巳用水を取水源としたせせらぎは、ふだんにも増して透明度の高い水を緩やかに流しています。
その静謐の世界を照らす夕陽。そこに居合わせた幸運に感謝したい気持ちになりました。
(雪の帽子を着けた金木犀)
あかつき屋のお庭も雪景色あかつき屋のお庭も落ち着きを取り戻しました。木の枝に降り積もった雪もだいぶ溶けたよう。
その中で、金木犀のてっぺんに大きな綿帽子ができています。どことなくユーモラスな感じ。ほっとした気分で一日のスタートを切りました。
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