あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

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こまちなみ・天神町から馬坂へ

町家ゲストハウスは、兼六園にほど近いところにあるとともに、金沢市が指定している「こまちなみ」の一つ天神町に隣接しているのも特徴です。10月最後の日曜、その天神町から馬坂を上り、小立野台に上がりました。

(天神町緑地)
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金沢市では歴史的な面影を色濃く残し、ちょっとした良い町並みを「こまちなみ」と定めて、保全に力を入れています。天神町もその一つで、通りには、古い町家が数多くあります。
ただ、天神町の場合は、メジャーな観光地から少し離れているため、観光客の姿はほとんどなく、私どもが歩いた昼ごろの時間帯も、住民の姿さえ、まばらでした。

(馬坂の登り口)
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紅葉が美しい天神町緑地から天神町の通りを歩き、通りの中ほどにある馬坂の上り口に着きました。結構急な坂ですが、以前にも歩いたことがあるので、あわてることもなく、自分のペースで歩みを進めていきました。

坂の中ほどには、湧き水がある馬坂不動尊がありました。眼病に効くという言い伝えがある湧き水が流れていました。この付近で、坂を上っていく親子に出会い、私どもも、さらに上へと歩きました。

(湧き水がある馬坂不動尊)
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坂をほぼ登り切ったところに「馬坂」と刻まれた石柱が建っていました。その側面には馬坂のいわれが書いてあり、「昔、田井村の農民が小立野へ草刈りに行くため、馬をひいて登ったのでこの名がついた。六曲り坂ともいわれる」とのことでした。

(馬坂を示す石柱)
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坂を登り終わると、お寺・高源院がありました。そこは、小立野寺院群の一つに数えられています。お寺玄関のガラス戸には、加賀藩前田家の梅鉢の家紋が付けられていました。








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能楽館で加賀藩文化の世界にふれる

「加賀藩の文化は、茶の湯と能楽に代表される」。これは、先日開講した平成22年度城と庭の探求講座「金沢城大学」(2010年10月21日付ブログをご参照下さい)で、講師の嶋崎丞県立美術館長さんから学んだこと。前田家が力を入れた文化の二本柱の一つである能楽の世界にふれるため、広坂通りにある金沢能楽美術館を訪れました。
(金沢能楽美術館の外観)
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(能楽美術館のパンフレットなどの資料)
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1階は「ようこそ能楽の世界へ」と銘打って、導入展示室がありました。能舞台と同じ大きさの空間で、映像を見ながら能楽を体験できるコーナーのほか、金沢能楽堂の模型や世阿弥が著した『花伝書』の有名なフレーズ「初心忘るべからず」などを記したパネルなどがありました。

2階は、秋季特別展として、彦根城博物館名品展「井伊家ゆかりの能面と能装束」が開かれていました。井伊家は、明治時代以降に各地に分散した前田家旧蔵品を収集しており、今回その一部が里帰りした形です。

豪華絢爛な能装束が目を引きましたが、私にとっては、お宿修業で8、9月に彦根市内の町家旅館に滞在(同8月31日、9月25日付ブログをご参照下さい)、その間、空いた時間を利用して彦根城をめぐっただけに、今回の名品展は、また特別の思いを抱きました。



晩秋の夕映えに言葉なく

夕方、晩ご飯の食卓にドジョウのかば焼を加えようと、横山町にあるドジョウのかば焼店「浅田」さん(2010年9月3日付ブログをご参照下さい)で一袋買っての帰り道、広見にさしかかったところ、西の空を見たら、茜色に染まる空が広がっていました。あまりの美しさに、しばし足を留め、ただただ見入ってしまいました。

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夕焼け空は、刻一刻と空の色や雲の形を変えていくので、必死にカメラのファインダーをのぞき、シャッターを切りました。
たなびく雲をキャンバスにしたオレンジ色のグラディエーション、雲の切れ間からのぞく空、そして、その上で精妙な造形美をつくる幾筋もの雲。
自然は、こんな形で人に感動を与えてくれるんですね。

しばし眺めた後、町家ゲストハウスへ向かうため体を翻したところ、ご婦人から「きれいな夕焼けですね。こんな美しい景色は初めて見ました」と言葉をかけられました。
やはり、同じように、空を見ておられたのでした。

晩秋の暮れなずむひととき。冬の足音も聞こえてきました。

畳の下の新聞は町家の守り役

【前回の続きです】
倉西畳店さんのご主人が畳を裏返すと、古い新聞が床板に敷かれていました。日付を見ると、昭和44年5月当時のものでした。当時の記事に見入りながら、倉西さんから、新聞は町家を守る上でも役に立つことを教わりました。
(裏返された畳。昭和44年5月当時の新聞が出てきた)
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床板に敷かれていた新聞を見ると、「片山津温泉の大火」が大きく取り上げられていました。未曾有の惨事に温泉街の衝撃は大きく、翌年に控えた大阪万博に向けての悪影響は避けられないなどとの記述がありました。
(片山津大火を報じる新聞)
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このほか、週刊誌の広告も目につきました。俳優の津川雅彦や佐藤慶のゴシップ記事の見出しや、写真には入っていませんが、「Oh!モウレツ」のCMで当時、一世を風靡した小川ローザに関する見出しもありました。
(週刊誌「ヤングレディ」の広告)
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倉西さんによると、新聞は、ニュースを伝える以外に、町家を維持する上でも役割を果たしているそうです。
昔の新聞は、字を記したインクに防虫効果があったそうです。
「今はインクが違うので、昔のように、虫除けにはならないんです」(倉西さん)。

また、冬の寒い時は、畳の下に新聞を敷くことも効果があるのだそうです。「畳にも隙間があり、床下からの風がわずかとは言え、畳を通ってきます。新聞はその隙間風を防いでくれます」(同)。

町家を良い状態に保っていくのに、いろんな知恵が働いていたことを知りました。




息の合った夫婦で行う畳替え

ゲストハウスにリニューアルされる町家が今日、着工しました。施工して頂く(有)嶋田工建さんでは午前中、工事を始めるに当たって従業員の方がポイントを確認。夜は、古くなった畳の搬出が行われました。そこでは、畳店のご夫婦が、息の合ったところを見せられ、職人ご一家の世界を垣間見た思いがしました。

(搬出する畳にマジックで印を付ける倉西畳店のご主人)
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畳の搬出作業を行われたのは、菊川1丁目で代々畳店を営む倉西畳店さん。
畳を取り替えるに当たって、店のご主人が、古い畳に手際よくマジックを走らせ、何かの文字を記していました。読みづらいのですが、それらの文字は、畳の位置の確認のほかに、畳と畳の間に隙間がある場合、その幅を分かるようにするためだそうです。

「何を書いているか、分からないでしょ」。私の隣で、畳店のご主人の奥さんが解説して下さいました。「この文字は、隣の部屋との境にある畳で、真ん中の畳であると書いてあるんですよ」。
(倉西畳店の奥さんが広げた畳の縁のサンプル集)
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そんな説明をしながら、奥さんは私に、紺色地や金糸地などの布切れの束を広げてみせました。
「畳の縁(へり)はどんなのがいいですか」。
いきなり言われても困るなー、と思っていたら、
奥さんは「色によって、和室に向いたものがあれば、材質によって長持ちするものがあるんですよ」と言います。

奥さんによれば、和室っぽくするのであれば、柄や金糸があしらってあるものが向いているそうで、摩擦に強く、日焼けしにくいものというのであれば、ポリエステルのものがいいのだそうです。

随分とお詳しいと感心していると、奥さんは「最初、嫁に来た頃は、電話番しかしてこなかったんですけど、だんだんと覚えてきました。でも、主人にはいつも『間違ったことを言って』と、しかられているんです」と笑って言われました。

奥さんに「いつもご主人と一緒に出かけられるんですか」と尋ねると、奥さんは「(仕事の)補助とおしゃべり担当です」とあっけらかんと言われました。
その言葉を聞いていたご主人は「お客さんのところに行くと、(お客さんの)目が自分のところに向くので、やりにくいんです。(妻の)おしゃべりで、注意が散っていいんです。ただのにぎやかしですけどね」と手を動かしながら苦笑気味に言われました。
ご主人は、表だって言わないけれど、奥さんを頼りにしているんだなと、感じました。

畳を外して、古い床板がむき出しになった部屋は、やはり荒んだ雰囲気が漂いましたが、倉西畳店のご夫妻に、(有)嶋田工建の社長さんご夫妻も交えた会話に場は和み、ほのぼのとした工事初日となりました。





さぁ着工、気合入ります

ゲストハウスとして利用する町家のリニューアル工事が、27日に着工します。今年のゴールデンウイーク中にこの町家と出会ってからというもの、様々なご縁や周囲の人たち、関係機関のご支援、ご期待に支えられて、一つの節目であるこの日を迎えることができました。まず感謝申し上げたいと思います。
(町家ゲストハウス「あかつき屋」のチラシ)
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来年1月中のオープンを目指して、準備作業もさらにピッチが上がってきました。細部において、詰めていないところもありますが、とにかく宣伝チラシを作成しました。リニューアル後に、正式なものを作ることになります。

今日の午後は、一級建築士の「のりのりさん」(山田憲子さん)、施工する(有)嶋田工建の社長さんと私の三者で着工前の最終打合せを行いました。今後、この三者で週一回打合せを行い、工程管理などを行っていきます。
(工事関係三者の打合せ場所)
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その打合せの最中に旅行関係の会社から、町家ゲストハウスについて問い合わせる電話を受けました。私どもは驚くとともに、大きな刺激、励みとなり、部屋の空気がピーンと張り詰めました。


今日は、12月初旬の寒さとなり、急いで石油ファンヒーターを出しました。終日冷たい雨が降り、肌寒い一日となりましたが、私どもは、にわかに熱気を帯びてきました。

さらに気合を入れて、気持ちを引き締めて、がんばっていきます。今後ともよろしくお願いします。

安江金箔工芸館から森山へ

この前の日曜、グループで東山1丁目にこの10月にオープンしたばかりの市立安江金箔工芸館を訪れました。移転開館記念特別展として「職人のわざ 金箔の美」を鑑賞しました。その後、町歩きに移り、友人の住む森山町界隈を散策しました。
(市立安江金箔工芸館)
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金箔工芸館は、北安江にあった時も見学しましたが、この東山に移った施設は、さすがに展示施設はデラックスなものになっていました。製箔道具の展示やハンズオンコーナーなどで金箔職人の世界にふれられるほか、企画展示室では、人間国宝の手による金箔をあしらった陶器作品もあり、見ごたえがありました(撮影禁止のため内容は写真でご紹介できません)。

(天日干しされている柿の皮)
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この後、友人が最近、森山町で新居を求めたので、そのお宅へ歩いていきました。途中、いくつも町家風の家があり、そのうちの一つに柿の皮を玄関先で干しているお宅がありました。
その家の人に聞いていないので本当のところは分かりませんが、干した柿の皮は漬物にするのでしょうか、あるいは、すり鉢ですって粉状にしてお茶にでもするのでしょうか。

ともかく、かごの中に入れられた、柿の皮の朱色が、曇り空の下、とても鮮やかでした。



そぞろ歩けば「一箱古本市」

東山界隈に所用があって橋場町でバスを降りたら、予定より20分ほど早かったので主計町をそぞろ歩き、小路に入りました。前方では、人が慌しく作業をしている様子。最初は野菜の即売でもするのかと思ったら、近づくとそこは、お寺・源法院の境内。これから開く古本市の準備をしているのでした。
(開店の準備をする一箱古本市出店の皆さん)
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町家ゲストハウスの近くに住むYさんからお話をうかがいました。
これは「一箱古本市」と呼ばれるもので、金沢市内の古本店のほか、一般の人が一箱分の古本を持ち寄って即売する催し。このような古本市は、2005年に東京の谷根千で始まり、全国に広がったそうです。

富山から来られたというIさんという女性も、箱にいっぱい詰まった古本を出しておられました。
箱の片すみに「ミサコさんのおはぎ」と表示されたパック入りのおはぎを出されていました。

(Iさんが出したお店。お母さん手作りのおはぎも出しておられます)
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ミサコさんとは、Iさんのお母さんのことで、おはぎは、そのお母さんの手作り品。それを注文したところ、「まだ(10時の)開店前なので」と、申し訳なさそうにお断りされました。
当然ですよね。

東山での用事が終わったら、再びここに来ようと思い、「後でまた来ますので、よろしくお願いします」と、その場を後にしましたが、残念ながら急用が入り、古本市へ戻れませんでした。

「Yさん、Iさん、ごめんなさい。またお会いしましょう!」

来月の古本市には、これを目当てに来たいと思います。



苦労話も明るく語るすし店主

今晩は、夕食に町家ゲストハウスのすぐ近くの「すし捨賢坂辻店」ののれんをくぐりました。お手ごろ価格で、おいしいお寿司を食べられる、大変ありがたいお店なのですが、ご主人の若い時の苦労話を聞けるのも、特徴と言えるかもしれません。今日もご主人から、そんな話を明るく語られ、人生勉強にもなりました。
(すし捨賢坂辻店のご主人)
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そのすし店は、輪島市にご親戚があることから、輪島塗の調度品が数多くあり、カウンターの向こう側には、大きな輪島塗のパネルが据え付けてあるのをはじめ、醤油さしや、お絞り置きなども輪島塗の工芸品です。

ご主人は、そんな店の飾り付けについて話されながら、住み込みの従業員として修業を積んだ若い時代や、現在の場所で営業する前に、店を賃借していた時の苦労話を屈託なく語られました。
高校卒業後、ゼロからスタートして、一国一城の主になっておられる訳ですから、寿しをつまみながら、尊敬の心持ちで、ご主人の話に聞き入っていました。

(岐阜県内にあった山ナシ)
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ご主人は、ゴルフを趣味にされており、先日、仲間と行った岐阜県内のゴルフ場で山ナシを見つけたとのことで、そのナシを出してくれました。その小ぶりのナシの皮をむいて下さり、食べたところ、ナシの原形とも言われるだけに、青くさく素朴な味がしました。しかし、それはまぎれもなくナシの味でした。

 フラメンコ・ダンスを鑑賞
この日は夕方、妻の友人が出演するフラメンコ・ダンスの発表会があったので、県文教会館に足を運びました。情熱的で、華やかな舞台に魅了されました。



「ありがとう通心」にありがとう

町家ゲストハウスのリニューアルをお願いしている(有)嶋田工建さんから同社の活動や町の話題などを紹介したレター「ありがとう通心」が届きました。
(届けられた「ありがとう通心」)
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(町家ゲストハウスの紹介記事部分)
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今号では、私どものゲストハウスについて紹介して頂きました。そのレター作りを一手にされておられるのが、社長の奥様「チビママ」さんです。
(工務店・嶋田工建の奥様「チビママ」さん)
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今回の「ありがとう通心」では、チビママさんが町家ゲストハウスにお越しになって頂いた時の感想を写真やコメントで説明して下さっています。

チビママさんは、菊川町にあるこの工務店さんへ、比較的近くの町から嫁いでこられました。ご主人は、大正時代から続く大工職人のご一家の三代目で、「(結婚してからというもの)もの作りにこだわる家風を感じます」(チビママさん)とおっしゃいます。

今回の町家リニューアルをめぐって、様々な人と出会う幸せを感じているのですが、チビママさんと知り合えたのも喜びの一つとなっています。

家族経営とも言える家業の工務店を支えるため、事務、経理、電話番、ホームページ管理のほか、「ありがとう通心」では、取材、執筆、編集、発送作業を1人でこなしておられます。

どちらかと言えば、小柄な方ですが、タフで、こまめに動かれ、そして何より明るく、研究熱心なのです。

働く女性として、いや人として、とても学ぶべきところが多いのです。お忙しいなか、「ありがとう通心」ありがとうございます。

さぁ、いよいよリフォーム工事が秒読みに入ってきました。
嶋田工建さん(HP:http://www.k-shimada.jp/)、これからもよろしくお願いします。












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