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あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

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金沢城で加賀藩の伝統文化学ぶ

金沢城公園河北門で今夕、平成22年度城と庭の探求講座「金沢城大学」が開講し、受講しました。来年3月まで月ほぼ2回のペースで開かれるこの講座、初回は「加賀藩の伝統文化 -その歴史と特質-」と題して、県立美術館の嶋崎丞館長が話されました。
(「加賀藩の伝統文化 -その歴史と特質-」等の資料)
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この講座は、県金沢城・兼六園管理事務所などが主催しているもので、歴史・文化コースと城と庭の魅力コースの2つのコースがあります。この日の講座は、両コースの共通講座で、公開形式で開かれました。

会場となった河北門(二の門)内の広間では、やはり受講者の大半は中高年で占められており、その中では私は若手の部類に入るのではと思い、座布団の席に着きました。

講師の嶋崎県立美術館長は、利家から始まる加賀藩の各藩主の時代と文化への取り組みを豊富なエピソードとご自身の見方も加えて、分かりやすく話されました。

ほぼ2時間と長時間に及んだ講演でしたが、味のあるお話しぶりに時のたつのも忘れ、藩主とその時代へのさらなる興味をかきたてられました。
(ライトアップされた河北門)
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会場から外へ出ると、すっかり夜が更けておりました。ライトアップされた河北門をしばし眺め、満足感を胸に家路につきました。






「京都の恋」聴けた!太田裕美も

先日、ベンチャーズの作曲作品として自宅に「京都の恋」などのレコードがあるとの連絡を頂いた友人のYさん(10月16日付ブログをご参照下さい)が、渚ゆう子の「京都の恋」のほか、主に昭和40、50年代のヒット曲を収録したレコードを町家ゲストハウスに持ってこられました。レコードプレーヤーは私の自宅にあるので、「京都の恋」など数曲を自宅に持ち帰ってプレーヤーにかけたところ、しっかりメロディーを奏で、ノスタルジーに浸りました。
(Yさんが収集したレコードの一部)
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Yさんは、「捨てなかっただけ」とおっしゃいましたが、かなりの数のレコードをお持ちで、町家に持ってこられたものとしては、「サウンド・オブ・サイレンス」などを収めたサイモントとガーファンクルのLPレコードのほか、麻丘めぐみの「芽ばえ」や、よしだたくろうの「結婚しようよ」、石原裕次郎の「二人の世界」など、レコードの数はざっと100枚にも上りました。中には、北陸の民謡や童謡を収めたものもありました。
(「京都の恋」を流すレコードプレーヤー)
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このうち「京都の恋」のほか、「9月の雨」などの入った太田裕美と「学生街の喫茶店」など収録のガロのレコードを自宅で聴くことにしました。

我が家のレコードプレーヤーも20年以上使っていなかったので、ちゃんと鳴るか不安でしたが、かけてみたところ、まずまずの音を出してメロディ-を響かせました。

Yさん収集のレコードは、演歌が少なく、どちらかと言えばポップス系の歌が多いので、そこらへんは私と趣味が似通っているところ。懐かしい音楽が流れる中、回転するレコード盤を見ているだけで、心地良いものでした。




兼六園散策、やはり天下の名園

このところ好天が続いており、今がチャンスとばかりに今日、兼六園を散策しました。木々は秋の深まりとともに、紅葉も進んできており、庭園はどのアングルからも美景で、「やはり天下の名園」との思いを深くしました。
(ことじ灯籠)
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兼六園は、町家ゲストハウスからは西方向にあり、2階の和室の窓からは、そのこんもりとした緑地帯が望めます。それだけに、いつも兼六園を身近に感じて過ごしています。

振り返ってみれば、兼六園の散策はこれまでいつも相手がいたり、グループ連れであったりで、一人で訪れるのは、おそらく今回が初めてではないかと、気がつきました。
それだけに、誰に気兼ねすることもなく、本当に自分のペースで、ゆっくりと園内を歩きました。

秋たけなわの穏やかな日射し、柔らかな空気、そして、さわやかな風、気ままに歩きながら、いい季節に来たものだと、心の中でつぶやきました。

「今から一番有名なところに行きますよ」と、団体客を引き連れる女性ガイドさんの声。そこは案の定、ことじ灯籠で、既にカップルらが灯籠をバックに記念写真を撮っていました。
(唐崎松)
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しばらく歩くと、唐崎松。堂々とした見事な枝ぶりに感心しました。

(辰巳用水が流れる水辺)
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霞ケ池、山崎山、根上松などを通って、辰巳用水が流れる水辺へ。ここの周辺の樹木は落葉樹が多いためか、葉が色づき始めており、その場でしばらくたたずみたい心境に。玉石がはっきり見えるほどの透明な水も、清澄な雰囲気を高めていました。

(苔のじゅうたんの中で顔を出したキノコ)
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また、周辺の苔むす緑地の中では、キノコが顔をのぞかせていました。どこか存在を主張しているように見えました。

(霞ケ池の内橋亭そば。コイが群れをなしていました)
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ぐるりと回って霞ケ池の内橋亭そばでは、遠足に来た小学生たちが「金色のコイもおるぞいや。さわればきっといいことがある」などと言いながら、コイに手を伸ばしていました。

園内をそぞろ歩いていると、図らずも以前ここに来た時のシーンが、思い浮かびました。その時々で、来る理由があったのですが、その時は、今ほど兼六園の豊かさ、深さを感じなかったのではないかと、感じました。

行楽に来た中高年のグループや外国人の団体さんの姿も見えましたが、わずかな時間でも、きっと兼六園の美のエッセンスにふれたことでしょう。

そして、私にしてみれば、これからオープンする町家ゲストハウスについても、兼六園に代表される金沢の伝統美や落ち着きと調和する、お宿にしていかなければとの思いを新たにしました。

何でもあり! クロネコ・ステーション

クロネコと言えば、(ヤマト運輸さんの)宅急便が連想されますが、そのヤマト運輸さんが、金沢の中心部・広坂通りに観光情報の発信と観光客らの休憩の場となる「クロネコほっとステーション」を開設されているのですね。そこに立ち寄ってみました。
(クロネコほっとステーションの外観)
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市役所のすぐ近くにある、ほっとステーションは、ヤマト運輸さんが地域貢献を目指して、昨年12月に全国で初めてオープンした施設。
施設内には、金沢の観光パンフレット、ポスターなどを置いているほか、地元ドライバーが薦める「石川の特産品・おみやげ」コーナーがあるところは、いかにもクロネコさんらしいところ。
お茶・コーヒーやインターネットへのアクセスも無料でサービスしています。
(施設を紹介する前多総括アドバイザー)
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私が感心したのは、このステーションが、単にパンフレット、チラシなどを並べているだけではなく、観光客らを対象とした体験教室などを開き、活動的な施設にしている点です。
例えば、加賀棒茶の入れ方教室などは好評で、水出し棒茶や新茶の入れ方などをテーマに既に4回実施しているそう。
(地元ドライバーが薦める石川の特産品コーナー)
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また、地元の旅行愛好者を講師にして、月2回石川県の観光のお話会も実施しているそうで、無理に格式ばらないのが、好ましく感じました。
もちろん、お荷物の発送は受け付けていますが、携帯電話の充電も自由にできるというのには、ちょっと驚き。

このステーションをあずかる前多真紀子総括アドバイザーは、「試行錯誤中ですが、広坂商店街を盛り上げたい。人と人、人とモノをつないでいきたいですね」と笑顔で話して下さいました。




金沢城の巨樹に目見張る

金沢城公園をコースにした「巨樹探訪ウォーク」が本日午前あり、参加しました。金沢城と言えば、石川門や河北門など、秀麗な建築物に目が向かいがちですが、城内には幹周り3㍍以上の巨樹が多いことも大きな特徴で、専門家の説明を聞きながら、巨樹を見て回るこの催しは、新鮮で、刺激的でした。
(ソメイヨシノの巨樹)
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この催しは、金沢市主催の第23回緑花フェスティバル2010の一環行事で、講師は石川県巨樹の会の濱野一郎会長が務められました。
①玉泉院丸跡付近②極楽橋~鶴丸倉庫付近③本丸園地④三十間長屋裏付近の順で回りました。
巨樹とは、地上130㌢の位置の幹周が300㌢以上の樹木を言うそうで、今回のウォークでは、幹周1064㌢もあるソメイヨシノ(所在地:本丸園地・辰巳櫓跡付近~鉄門)や幹周390㌢のスダジイ(同)などを観察しました。
(スダジイの巨樹)
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本丸園地は、金沢大学が城内にあった時代、植物園であった場所で、うっそうと樹木が繁っていました。巨樹観察は、森林浴をするようでもあり、心身にとても心地よい感じ。途中、散策する中高年やカップルらとすれ違いましたが、濱野会長は「ここで出会う人は、ほとんど県外の人。(街なかで)森を歩くのが珍しいこともあるんでしょう」と話されました。

(丑寅櫓跡から兼六園を望む)
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また、丑寅櫓(うしとらやぐら)跡の高台からは兼六園が望めました。豊かな緑地帯の前に茶店などが軒を連ねる風景は、見ごたえがあり、今度はゆっくり来てみようと思ったことでした。

 庭木の剪定の基本を学ぶ
午後からは金沢市役所前で、庭仕事「剪定」教室などがあり、受講しました。花木・庭木の剪定の基本作業について、庭師から実際に樹木を使って説明があり、ポイントを学びました。



渚ゆう子、ベンチャーズ…懐かしさと発見と

先日、このブログ(2010年10月12付)で町家ゲストハウスの古タンスの裏から、ベンチャーズの色紙が見つかったことを記したところ、私の友人のYさん(金沢市在住)から「自宅にベンチャーズや渚ゆう子のレコードがありましたよ」と連絡があり、そのレコードジャケットやレコードの写真が送られてきました。
(ベンチャーズのレコードジャケット)
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(渚ゆう子の「京都の恋」のレコード)
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ベンチャーズについては、「ベンチャーズ・ベスト20 第2集」と銘打ったレコードジャケットが、渚ゆう子については、「京都の恋」のレコード盤(レコードジャケットはなかったそうです)の写真が送られてきました。

無知をさらけだすのが不本意でもあるのですが、レコードジャケットやYさんによると、ベンチャーズは、渚ゆう子の作品のほかに、サイモントとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」や欧陽菲菲の「雨の御堂筋」、奥村チヨの「北国の青い空」なども作曲しているんですね。
昔、よく口ずさんだりしていた唄が、ベンチャーズの手によるものだったとは。
その実力と影響力を今さらながら、知りました。
(Yさんのレコードコレクションの一部)
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 「学生街の喫茶店」や「バスストップ」も
Yさんは、それらと同時に、これまでのレコードコレクションの一部の写真も送って下さいました。
その一部を挙げると、ガロの「学生街の喫茶店」や平浩二の「バスストップ」、ビリーバンバンの「れんげ草」などでした。

コレクションの中には、本田路津子の「秋でもないのに」という曲もありました。これは不確かなので、インターネットで調べたところ、You Tubeに収録されていたので、視聴しました。
本田路津子が清純な声で歌った曲は、心にしみるメロディーでした。

Yさんは私より何歳か年上で、その若干(?)の年齢差や嗜好で、お気に入りの曲は違うところもあるのですが、若い頃は、親しんだ曲がかなり重なっていました。
それより何より、公務員であるYさんについては、これまで業務に関する幅広い知識と熱い情熱をお持ちであるという仕事の面での印象がほとんどだったのですが、送られてきた写真から、Yさんの音楽の好みが分かり、時に感傷にも浸った青春時代を垣間見た気がしました。

タンスの裏でほこりをかぶって眠っていた一枚の色紙が、思いがけない発見を与えてくれました。



あぶりもちに無病息災願う

犀川大橋近くの神明宮(お神明さん)=金沢市野町2丁目=で今日から17日までの日程で、「あぶりもち神事」が始まり、訪れました。あぶりもちは薄く切ったもちを御幣(ごへい)の形にし、串に刺したもので、食用と家に飾るもの=「家守(いえまもり)」=の2種類があります。無病息災を願い、もちを購入し頂くとともに、町家ゲストハウスの天井に据え付けました。
(あぶりもちを求め列をつくる参拝者)
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この日は、青空ものぞくまずまずの天候で、午前にお神明さんに訪れた時は、お年寄りや園児の団体でにぎわっていました。お神明さんのあぶりもち神事は、以前から知ってはいましたが、実は訪れるのは今回が初めて。
高齢の婦人らに混じって列につき、あぶりもちを購入しました。
(食用と家守の2種類のあぶりもち)
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 町家関係者打合せで頂く
この日は、午後から町家ゲストハウスで、リニューアル工事を前にした打合せがあり、その席で、工務店の(有)嶋田工建の社長さんと、建築士の愛称のりのりさん(山田憲子さん)にあぶりもちを披露し、金沢の風習について、ひとしきり語り合いました。
(天井に据え付けた家守のあぶりもち)
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この後、茶の間の天井に差し込んであった古い家守を外し、買ってきた新品の家守を玄関から入ってすぐの和室の天井に据え付けました。「今後、災厄がなく、皆がつつがなく過ごしていけますように」と願って。

セレモニーの後、あぶりもちに舌鼓を打ち、続いて町家リニューアルの詰めの検討に入りました。





仏旗掲げ報恩講始まる

町家ゲストハウスの前のお寺・広済寺さんの門に、青、黄、赤などの極彩色の旗が掲げられました。何事かなと近づくと、掲示板には今日から15日までの日程で報恩講が開催される旨の告知がありました。報恩講にちなんで、お寺が旗を立てたのでした。

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報恩講は、浄土真宗の宗祖・親鸞の命日の前後に、親鸞に対して報恩・報徳のために営まれる法要のこと。宗派の僧侶・門徒にとっては、年中行事の中で最も重要な法要とされています。

門に掲げられていた旗は、関係資料によると、仏教の行事ごとの際に掲揚される旗で「仏旗」と呼ばれるそうです。旗の色には、それぞれ意味が込められており、例えば青は仏さまの髪の毛の色で、心乱さず力強く生き抜く力「定根(じょうこん)」を表し、黄は燦然と輝く仏さまの身体で、豊かな姿で確固とした揺るぎない性質「金剛(こんごう)」を表す、となっています。

報恩講はこの日、午前と午後の2回営まれ、その間、僧侶の法話の声が境内にまで響いていました。講が閉じると、門徒のお年寄りが、言葉少なに次々と外に出てこられました。
真宗王国と言われる郷土の秋の一風景でした。



庭仕事名人再び、冷菓持参で

先日、町家ゲストハウスの松の剪定をして頂いた友人のSさん(加賀市在住)に再びお越し頂きました。今度は、お隣の庭木の剪定で、Sさんはいつもの手際良さで幾本もの植木を手入れされました。今回、Sさんは手作りのジェラード、ジャムを持参し、私どもにふるまってくださいました。好天に恵まれた今日、何とも快い一日となりました。
(庭木を剪定するSさん)
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Sさんが先週に行った町家ゲストハウスの松の剪定(2010年10月7日付ブログをご参照下さい)をお隣の奥様がご覧になり、その腕前で私の家もというご要望で、この日の庭仕事が行われることになったのでした。

Sさんは、杉、金木犀等々、お隣の主だった庭木を黙々と丁寧に剪定し、2時間ほどの作業で見違えるほどに庭はすっきりし、お隣のご夫婦から喜ばれました。

 今夏、イタリアで料理修業
Sさんは一方で、「食」にも強い関心をもっておられます。今年の夏、イタリア・ローマに赴き、現地の料理学校でイタリア料理を学んでこられました。
今回は、その成果を披露したいと、本場仕込みの手作りジェラードとジャムを持ってこられました。
(左がジャム、右がジェラード)
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ジェラードは、自ら購入した機械で作られたもので、バナナ、クリ、イチジク、リンゴ、ピスタチオがミックスされています。甘さは砂糖ではなく、バナナによるもので、ナチュラルな味に仕上がっていました。
ジャムは、イギリスの加工用の青リンゴ・ブラムリーを材料にしています。ヨーグルトに入れて食べると良いとのことで、早速試してみたらその通りで、酸味が薄まりすっきりとした食感でした。

Sさんは、これをステップに、さらに味を向上させようと、手作り冷菓の評価について気にされていましたが、私たちは「添加物がないせいか、とてもおいしかった。十分いけます」と太鼓判を押しました。







ミュージックプラザC&Cって?

町家ゲストハウスの古いタンスを移動させた時のことでした。タンスの後ろからほこりをかぶった丸いものと四角いものが出てきました。よく見ると、それはうちわと色紙でした。

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うちわには、「ミュージックプラザC&C エンジョイサマー」などと書かれ、色紙には英語で何かが書かれているのですが、解読できません。
少なくとも音楽に関係したものであることは、間違いなさそうなので、それらが何なのかを探るため、年の功に頼って、4つ上の義兄の家を訪ねました。

うちわに書かれた「ミュージックプラザC&C」については以前聞いたことはあります。当時、音楽ショップとしては、山蓄と双璧をなした店だそう。
うちわには「金沢市片町ニッセイパル4F」と記されておりますが、私はおそらくそこに行ったことがないと思います。ニッセイパルはいわゆるファッションビルで、義兄はそこに買い物に行ったことがあるそうです。その面には、「只今…ディスコパックプレゼント実施中!」とも記されていました。

その裏面には、「STEREOSHOP PLAYBACK 7/3 SAT.Open」と大書され、オープンイベントとして、「シスコンをクレジットで買おう」「カセットデッキドッキングセール」などと記されています。場所は安江町で、地図を見ると、武蔵交差点そば、武蔵が辻ビルの裏手になっています。

ミュージックプラザC&Cが入居したニッセイパルはその後撤去され現在、商業施設「プレーゴ」になっているとのことで、ミュージックプラザC&Cの関連店舗とみられるPLAYBACKも随分以前になくなったとのことです。

うちわに記された「7/3 SAT.」を手がかりに、その年代を探ってみたのですが、昭和51年ないしは昭和57年ではないかと推測しました。
その頃、この町家の以前のオーナーのご子息が青春時代を送り、音楽に傾倒されたのではないでしょうか。

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 ベンチャーズの色紙も 
もう一つの色紙は、皆で解読した結果、アメリカの音楽グループ「The Ventures(ザ ベンチャーズ)」の手によるものであることが分かりました。そして、色紙にはグループのメンバー全員のサインもしてあることが判明しました。

義兄によると、ベンチャーズは本国アメリカより日本での方が人気が高かったそうで、何度も来日しており、金沢にも公演にきたことがあるそうです。この色紙は、前の居住者がその時、手に入れたものでしょうか。

ベンチャーズは歌手渚ゆう子の大ヒット曲「京都慕情」や「京都の恋」を作曲しているとのこと。私は、そちらの方がピンときて、急に身近に感じました。

タンスの裏に、ひっそりと「昭和の青春」「昭和の熱情」が息づいていたのでした。