fc2ブログ

あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

あかつき屋のホームページはこちらです。

東日本大震災被災者の声は重く

年が明けてからの三か月。春への歩みを進める中で、一日一日お客様とかけがえのない時間を共有することになりました。能登半島地震が発生してから、あかつき屋は一般の観光客のほか、被災者の二次避難所として利用された一方、県外の行政職員やボランティアの方々の宿泊の場所としても使われました。その人たちからは、貴重な能登への応援メッセージを色紙に書いて頂きました。

そして今月末には、東北・仙台で2011年3月に発生した東日本大震災を経験されたご一家が、お泊まりになりました。能登応援キャンペーンの一環である色紙へのメッセージの記載には、快く応じて下さいました。

(仙台の方が書いて下さった能登への応援メッセージ)
0331sendaihisaisyashikishi.jpg

その内容は、震災被災者しか書き得ない言葉が記されており、読むと心にずしんと響きます。
このご一家の高校生のお嬢さんは、大震災発生当時、保育園児で、園に津波が襲ってくる中で祖父の手で救出され、九死に一生を得たという体験をもっておられます。お嬢さんは、その時のことを覚えていらっしゃいました。

色紙へのメッセージは仙台市内で理髪業を営むご主人が書かれました。当時のことを振り返られ、その頃の厳しい日々のこと、その時にとった行動が適切だったのか、今も自問しているなどどつづり、能登の人たちに向けて温かい言葉で結んでおられます。

色紙を介した能登応援メッセージの紹介は、この仙台の方でいったん最後にしたいと思います。
皆様ありがとうございました。

スポンサーサイト



心温まる応援次々 「能登はかけがえのない土地」

こちらの予想を越えた反応に驚きつつ、感謝、感激しています。能登半島地震を受けて始まった能登半島応援キャンペーン。あかつき屋では、お泊まりのお客様に能登への応援メッセージを色紙に書いて頂き、その方々に地酒や海産物などをお贈りする取り組みを行っているのですが、お客様は快く応じて下さり、応援メッセージのコーナーには、色紙が所狭しと並びました。

金沢に観光にお越しになった方のほか、復旧支援で滞在された行政職員の方、さらには、大会参加でお越しになった学生さんたちもいました。色紙に記された文面は、通り一遍ではなく、それぞれに能登とのご縁や思いなども踏まえて、その人らしい内容になっています。

その言葉を読むにつけ、こちらは身が引き締まり、こうして自然体でお宿業を営めることのありがたみを噛みしめています。

(数々の色紙に記された能登への応援メッセージ)
0314notoouenmain.jpg

その中で自作の歌を寄せられたお客様がいらっしゃいました。京都からお越しになった中川様です。
写真で、その作を紹介させて頂きました(ご本人の承諾済み)が、中川様の解説は次の通りになります。

(中川様がしたためられたメッセージ)
0314notoouensub.jpg

1.1 長歌の部分
新らしく改まった年の始めに,地震が起こって,津波も起こってしまった。そして,これまで寝床としてきた家さえ耐えることができず,ましてや家よりも弱い人であれば,宝玉に通した紐がふつりと切れてしまうように,命がふつりと絶えてしまった人はどれほどいたことだろうか。しかし,生き残った人が,京から見て大枝山の向こうにある生野へ行くのには強く心を持たないといけないように,「生きよう」という強い気持ちがあれば良い。今は辛く苦しいだろう。だが皆さんの大切な友達から,十日恵比寿の笹枝が商売繁盛や五穀豊穣のご利益を届けてくれるように,せめて応援や支援だけでも届くのであれば,時間はかかるかも知れないがいつかは復旧できるだろう。

1.2 反歌の部分
渡り鳥である雁は春になれば,加賀棒茶のような茎茶の形に似た隊列を為して,北へと飛んで帰ってゆく。ならば,北の能登に住む大切な友達に途中で伝えてほしい。「決して心折れないで欲しい」と。
なお,本来,漢字で「天と飛ぶや 雁ヶ音帰り 伝へかし 北の友垣 やよ頽るなと」と書くべきところを敢えて平仮名を多用したのは,言葉遊びとしては冠句になっていて五句の頭文字を繋げて読むと「あかつきや」になっていることを強調したかったからである。さらに「のと」も読み込んでいる。
                                                                      以上

お客様の中には、このあかつき屋にお越しになった際、チェックインの手続きもそこそこに、進んで色紙に応援メッセージを書きたいと申し出られる方が、何人もいらっしゃいます。遠方にお住まいがありながら、能登へ思いを寄せられる方が大勢いらっしゃることを実感しています。中川様、皆様ありがとうございます。

      あかつき屋の取り組み テレビで紹介される
なお、こうした取り組みが、地元メディアに知られるところとなり、3月13日に石川テレビの朝の情報番組「リフレッシュ」で紹介されました。私が番組に出演し、その応援キャンペーンについて話させて頂きました。お恥ずかしい限りですが、こちらの思いが、能登など地震で被害に遭われた方々に届けばと願っています。
番組の詳細は、こちらです。ご覧頂ければ幸いです。                                        

全国の学生さん、あかつき屋で能登へ応援メッセージ

全国各地からここあかつき屋に集った学生さんたちが、未曽有の被害となった能登半島地震の被災者に向けて、応援メッセージを寄せて下さいました。一日でも早い復旧、復興を願うのは、年齢、性別、場所を問わず、皆同じ。

学生さんたちは、被災地への関わり度合いはもとより濃淡はありますが、そのメッセージには、被災者の方々を気遣う実直な思いが等しくこもっています。感謝の気持ちでその色紙を館内のコミュニティルームに掲げさせてもらっています。

(お泊まりになった各地の学生さんたち
             =写真掲載了解済)
0216gakuseimain01.jpg

この色紙に応援メッセージを書いて下さったのは、金沢まちづくり学生会議の「アイディアソンメンバー」の9人です。
アイディアソンというのは、アイディアとマラソンの造語で、まちづくりのアイディアをマラソンのように、根気強く出していこうという狙いです。学生さんたちがフィールドワークや交流会などを通じて、まちづくりのアイディアを出し、実践を通して中心市街地の活性化などに一役買っています。

金沢学生のまち市民交流館(片町2丁目)が拠点施設となっており、今年度の催しでも各地から大勢の学生さんたちが参集しました。このうち9人が、あかつき屋に宿泊されました。地元石川のほか、富山や静岡、栃木からも参加されました。

(学生さんたちによる能登への応援メッセージ)
0216gakuseikaigisub.jpg

まちづくりに強い関心をもつ学生さんたち。メンバーたちは夕食後にお宿入り。近隣の銭湯で汗を流した後、トランプで親睦を深める一方、夜遅くまでまちづくりや学生団体のあり方などについて議論したそうです。

能登半島地震についても、随分と心配されており、色紙にそれぞれ応援メッセージを記して下さいました。その中には、既に学生派遣ボランティアとして、被災地で物資の仲介作業に当たられた人もいて、復興に向けて、その積極的な姿勢に心打たれました。

皆様ご宿泊、そして心温かい応援メッセージ、ありがとうございました。今後のご活躍を祈ります。また、来て下さいね。

能登応援プラン お客様快くご参加

能登半島地震からの復旧に向けて、官民問わず様々な団体が動きだす中で、あかつき屋も加盟する金沢市観光協会では、新キャンペーン企画「春の金沢 能登支援ができる体験プラン」を打ち出しました。これは、金沢を訪れた人を対象にして能登を応援するプランを観光事業者が提案し、実施するものです。

あかつき屋ではこれに参画。その内容は、お泊まりのお客様に対して、色紙に能登を応援するメッセージを書いてもらい、その方に能登の産物をお贈りするというものです。詳細は、こちらをご覧下さい。

今回は、その取り組みに賛同し、快く応じて下さった若い男性がいました。ここで二泊されました。

(色紙に応援メッセージを書かれたお客様
               =写真掲載了解済)
0204miyamotosan01.jpg

この男性は東京都内でゲーム系の会社に勤めておられ、エンタメ系のソフト開発に日々奮闘されています。男性は、バーチャルの世界で魅力あるコンテンツを世に送り出そうと知恵を絞っておられますが、今一度立ち止まって、足元を見つめ直そうと、金沢に行くことを思い立ったのでした。

リアルな世界で、人の息遣いを間近に感じ取り、人と人との関係、そして、人とテクノロジーとの関係にも思いをめぐらせ、自身の生き方のヒントを得たいと考えたのです。

金沢での二泊三日。町家が点在する、あかつき屋界隈の旧街道を歩き、パン屋さんや豆腐屋さんの古い個人商店を訪ねました。また、片町商店街から奥に入った中央味食街にも足を運びました。ここは、屋台風の店が軒を連ね、レトロな「昭和」があふれるところ。そこのある小さな居酒屋ののれんをくぐり、たまたま居合わせた地元の人とコミュニケーションを楽しみました。

(お客様が色紙に記した応援メッセージの数々)
応援メッセージ色紙0101

一方、彼は今回の地震も気になり、JR七尾線で能登・七尾にも足を延ばしました。そこでは、テレビでは伝わらない、震災の生々しい傷跡を目の当たりにしました。

「今回の金沢の旅は、いわゆる観光ではなかったですね」とその男性は三日間を振り返られました。一つの地域共同体の中での人と人との関係性や人と自然との共生のあり方について、見つめ直す機会になったようです。

そして彼は「能登(七尾)を訪れて、復旧に向けて努力される姿にこちらが励まされました」などと色紙に記し、「一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます」と結ばれました。

Mさん、ありがとうございました。頂いた言葉を胸に、あかつき屋も能登の復旧、復興に向けて、尽力していきます。東京では、お体に気をつけて、一層のご活躍をお祈りします。

長野・飯山から災害復旧支援でご宿泊

能登半島地震の復旧に向けた動きをここあかつき屋に居ながら肌で感じ取っています。この度、長野県飯山市から震災関係の復旧事業で、飯山市役所職員のお二人が、ここに4泊されました。

お二人はご滞在中、金沢と北側で隣接する津幡町で下水道の点検に当たられました。津幡町は奥能登ほどの被害は出なかったものの、それでも各所で不具合な個所が見つかり、やはり今回の地震の物凄さを感じられたそう。

私どもは遠い県外から、石川の震災復旧のためにお越しになったことに対して、ただただ感謝するばかりで、能登、そして石川の復旧・復興に向けて気持ちを新たにしました。

(震災復旧の調査で宿泊された飯山市のお二人=写真掲載了解済)
0124iiyamamain.jpg

お二人は、地元飯山市では建設土木関係の部署に所属されております。今回の下水道調査では、他県の自治体職員とともに作業に当たられました。

今回の調査では現地ではいくつかの班に分かれて作業に従事。下水道のマンホールの蓋を一つひとつめくって中をのぞきこみ、水が滞留していないかなどを目視で点検したそうです。

水がたまっていると、下水管の接続部や管などで不具合があるため、流れが悪くなっていると考えられるからです。調査した結果、複数の個所で異常が見つかったそうです。

(津幡町地内で調査するお二人=ご提供写真)
0124iiyamasub.jpg

私どもは、お二人の災害復旧支援を微力ですが陰ながら応援。特にお食事の面では、近所の居酒屋にお願いして、朝、昼のお弁当を特別に作ってもらうなどのお手伝いをさせて頂きました。

三日間にわたって寒空の下での作業も無事終えられたお二人には、安どの表情が見られました。お二人は「今、地震などの災害は、どこで起きてもおかしくない時代で、お互い様です」と話され、「信州(長野県)と北陸は常に共にあるので頑張っていきましょう」「私も微力ですが、できる限りのことをしていきます」などと応援メッセージをそれぞれ色紙にしたためられました。

全く予期せぬことでしたが、今回の震災がもたらした新たなご縁。被災地の復旧、復興には、長い道のりが予想されますが、私どもも、自分たちの立場、持ち場でできる限りのことをしていく所存です。

飯山のお二人さん、この度はありがとうございました。次は、骨休みにお越し下さいませ。