あかつき太郎の町家日記

金沢町家ゲストハウス あかつき屋をめぐる出来事や思い、人とのふれあいなどをつづるブログ。街角の話題や四季折々の風情も紹介していきます。

あかつき屋のホームページはこちらです。

兼六大通りに かわいい稚児行列

穏やかな秋の週末、あかつき屋から賢坂辻付近へと連なる兼六大通り界隈が、いっとき華やかで、かわいい雰囲気に包まれました。浄土真宗のお寺・広済寺さん主催の稚児行列が行われたのです。

お稚児さん衣装を身にまとった子どもたち、そして、我が子に付き添うご父母や、僧侶ら。その大勢の一団が、通りをゆっくりと歩く姿は圧巻で、沿道の目を引きつけました。

(親鸞聖人750回御遠忌法要を行った広済寺さん。梵鐘が新調されました)
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あかつき屋の前の広済寺さんは10月14、15の両日、親鸞聖人750回御遠忌法要を執り行い、その一環として14日にお稚児さん行列を実施されました。
稚児行列には、門徒さんのご子息ら数十人が参加されました。

この行列は、小将町の常福寺さんを正午に出発、兼六大通りを歩いてあかつき屋そばの小道に入り、広済寺さんに到着しました。
初めて経験するお稚児姿にどの子どもさんも緊張気味。でも、通りの見物人から「かわいい」の声をかけられると、ちょっぴり表情が和みました。

(兼六大通りを歩く稚児行列)
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(広済寺さんに到着)
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広済寺さんでは、この催しに合わせて、お寺を大掛かりに修復。本堂や伽藍が一新され、それにちなんだ法要も営まれました。梵鐘も新調され、新たな鐘の音が、界隈に響きわたりました。

また、この度ご住職が継承されたのにちなんで、その奉告法要も行われました。お若い新住職がご挨拶され、お寺の新たな歴史の第一歩を踏み出されました。

由緒ある広済寺さんの歴史の大きな節目に立ち会え、あかつき屋にとっても幸せなことでした。お寺の益々のご発展をお祈り申し上げます。

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秋祭り 最後の獅子頭飾りつけ

金沢はこのところ秋らしい日が続いています。青空が広がり、空気は澄んでいます。街のあちこちから、金木犀の甘い香りが漂ってきました。あかつき屋のお庭からも。

地元の氏神様・椿原天満宮の秋祭りが始まりました。実りの季節に感謝し、人々の平安を寿ぐお祭り。神社への通りには、露店が並びました。

あかつき屋の近所・扇町の一角に、立派な獅子頭が飾られました。その威風堂々とした面構えは、祭りムードをいやが上にも高めます。しかし、この獅子頭の展示は、今年で最後になるというのです。寂しいことです。

(扇町に飾られた伝統の獅子頭)
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(獅子頭の飾りつけに精を出す地元の人たち)
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獅子頭の傍らに置かれた説明版によると、この獅子頭は藩政時代、加賀藩主前田治脩公に仕えた永田流彫刻の名人・沢阜逃石が制作したものです。年代物であり、その卓抜した造りと合わせ、価値あるものです。

旧材木町1、2、3丁目(賢坂辻の通りを南北に連なる地区)の町会の所有で、毎年秋祭りに展示されてきました。
地元の材二親和会の町会が、獅子頭の管理と祭礼での展示のお世話に当たってきました。

しかし、その世話に当たる方々の高齢化が進み、展示する場所への獅子頭や獅子舞の蚊帳、太刀などの祭り道具一式の運搬や飾りつけが、困難になってきたのです。
このため、獅子頭の展示を今年を最後にすることにしたのでした。

お世話に当たった町会の方々は、飾りつけの作業に勤しみながら、「(飾りに使う竹の切り出しもあり)準備が大変で、自分たちでもうできなくなった」「今年が見納めや」と、寂しそうに話していました。
毎年秋に私たちも、伝統のある獅子頭を見て来ただけに、残念に思いました。

この町会では、市の文化財担当課と相談し、可能ならば歴史民俗資料を保存する施設に引き取ってもらえないかと考えているようです。

(椿原神社前の道に並んだ露店)
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この界隈は、歴史的な街並みが色濃く残るところですが、少子化、高齢化の波は例外でなく、こうしたお祭りの維持・継承がむつかしくなっている側面があります。
私たちにとって、ここは生活の場でもありますので、そうした課題と真摯に向き合っていかないとと心しています。

氷室の日 お饅頭で元気に

一年の折り返しの時季。6月30日、城下町金沢は氷室開きの日。藩政時代に起源をもつ風習で、冬に室(むろ)に貯蔵していた氷雪を取り出す日。加賀藩がこの地を治めていた時代は、この氷雪を徳川将軍家に献上していたとされています。

金沢では、これにちなんで6月30日と7月1日にお饅頭(まんじゅう)を食べる風習があり、この饅頭は氷室饅頭と呼ばれています。
蒸し暑い梅雨の真ん中にある、氷室の日。酒饅頭のこの饅頭を食べて、元気になろう、という狙いもあるようです。

(氷室饅頭を売り出す山本観音堂さん)
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市内の和菓子屋さんではこの二日間、一斉に氷室饅頭を売り出します。あかつき屋の近所の山本観音堂さんでも、店頭にずらりとその饅頭を並べていました。

いくつか買い求めました。この日、お泊まりになったお客様にお出ししました。テレビで湯涌温泉で毎年行われている氷室開きの催しが放送されており、たまたまこのニュースをご覧になったお客様は「これにちなんだお饅頭ですね」と話し、金沢ならではの食文化にふれられました。

(氷室饅頭)
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国登録有形文化財のあかつき屋では、お客様には一年を通じて、金沢の風習にふれて頂いています。
お正月行事に始まり、春、秋に行われる野町・神明宮のあぶり餅神事、大晦日では前のお寺・広済寺さんでの除夜の鐘つき等々、長い歳月、地道に営まれる伝統行事が数多くあります。

一年の節目節目で、無病息災に感謝し、今後も引き続き精進を誓い合う。今年後半へ。気持ちも新たに臨みます。

秋深まり 神明宮であぶり餅祭

日々の暮らし。一年の節目を感じる時があります。お正月、お彼岸、夏至、お盆、中秋等々。
金沢ならではのものもあります。野町の神明宮(通称・お神明さん)のあぶり餅祭です。春5月、そして秋10月にいずれも15、16、17の三日間この神社で執り行われます。

最終日17日の昼下がり、お神明さんへ出かけました。境内の受付で、あぶったお餅と家守りのお飾りを買って、あかつき屋に戻りました。

(あぶり餅祭が行われた野町・神明宮)
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あぶり餅の由来は、神社の資料によると、加賀藩の二代利長は、幾多の霊験、祭神の遺徳により、あらゆる悪事災難を免れるため、春秋の二度、祭礼を厄除け神事として広く参拝を奨励し、五代綱紀は、この神社を氏神にしたとのこと。

祭りごとに供える餅を御幣(お祓いの用具)の形にして串刺しにし、家に飾って「家守」とする一方、火にあぶって食すことで災厄から免れ運が開ける、という信仰があり、そうした風習が金沢の人々の間に伝わっています。

毎年のお神明さんのあぶり餅神事は、なにかしら心浮き立つものがあり、今回も、あかつき屋のお客様が観光に出かけている間を縫って、神社へ出かけました。

(食用のあぶり餅)
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お祭りの最終日の午後とあって、訪れる人は少なかったですが、境内に響く、笛、太鼓の音色は、少年の日を思い出させる、ノスタルジーを誘(いざな)います。

(お客様の開運・健康を祈って天井に据えた、あぶり餅)
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例によって受付窓口で食用とお飾り用の二種類のあぶり餅を求め、おまいりして帰路へ。
あかつき屋で、香ばしい香りのするあぶり餅を食した後、上がりの間や客室の天井に、家守用のあぶり餅を古いのを外して据え付けました。

お客様には、このお宿で、これからも平安に、和やかに過ごして頂ければと願っています。

一年折り返し、高源院さんで一ツ灸

藩政時代、お城を防衛する役割もあって、城下町金沢には、お寺が数多くあります。あかつき屋の界隈にも、歩いて5分ほどのところに浄土真宗や日蓮宗、曹洞宗など各宗派の寺院があります。そして、そのお寺の中には、独特の風習をもっているところがあります。

馬坂上にある曹洞宗高源院さんもその一つ。ここは、七月一日に、「一ツ灸」と呼ばれ、参拝者がお灸を体験する、珍しい行事を明治の時代から今に至るまで受け継いでいます。一年を折り返す時季に行われる“奇習”。お灸をしてもらう参拝者は、残り半年の無病息災を祈ります。

(一ツ灸のお寺・高源院さん)
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先日、高源院の住職さんが、一ツ灸の告知活動の一環として、あかつき屋にお越しになりました。私が、何気なく「お灸って熱いし、跡が残るのがちょっと心配という人がいるんですよね」と話したら、住職さんは「そんな方のために、今年は『温熱灸』というのをします」とおっしゃいました。

(一ツ灸を告知するポスター)
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従来のお灸は、もぐさを直接膝に載せて行っていたが、ただならぬ熱さに加え、膝に跡が残るのでは、という不安が参拝者の間にあったそう。
そこで、鍼灸師の指導により、今年は「温熱灸」を初めて実施することにしたのでした。これは、水に浸した5㌢角ほどの障子紙を膝の上に置き、その上にもぐさを置いて、お灸をするという方法。
これにより、熱さは半減し、体に跡も残らなくなるのだそうです。

一ツ灸の心を堅持しながら、時代の変化に合わせて、若い人たちにも受け入れられるよう、伝統行事のスタイルもアレンジ。古刹が、より身近に感じられました。

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