あかつき屋にご宿泊中のオーストラリアからのお客様のリクエストにこたえるため、26年ぶりに加藤人形店さん(金沢市割出町)を訪れた私。図らずもそのお店の84歳になるご主人から、いろいろとお話をうかがう機会を得ました。
ご主人の加藤清さんは、オーストラリアからお越しになったケイティさんの三人のお孫さん用の名札に、それぞれの名前と生年月日を毛筆で書き上げた後、問わず語りにご自身のお仕事のことや、店のことなどを話して下さいました。
(木の板に毛筆で名前を記す加藤さん。生粋の職人さんです)

このお店は、三月の桃の節句には、ひな人形、五月の端午の節句の時季に向けては、武者人形を販売されています。そうした中で、加藤さんは経営者としてのお立場のほかに、職人さんの顔もあり、先述の人形とセットとなる木の名札に名前を書くお仕事に当たられる一方、絵師として色紙や壁掛けなどに武者や童女などの絵を描いておられます。
私たちの今回の訪問では、木の名札を求めるものだったのですが、話が加藤さんの絵の仕事にまで広がったこともあって、加藤さんは、時代装束をまとった人物を描いた壁掛けを極めて良心的なお値段で譲って下さったのでした。
(加藤さんが描いた絵を収めた壁掛けを手に持つ加藤さん・左とピーターさん)

加藤さんは私たちが、そのお仕事について興味を示したこともあってか、朴訥とお店のご商売のことなどを語って下さいました。
「昔ほど(五月)人形は売れんようになってね」。加藤さんは、ちょっぴりさみしそうにおっしゃいました。少子化の影響もあるのでしょうが、それよりライフスタイルの変化や、豪華な武者人形などは、昨今の住宅事情に合わなくなったことが、理由としてあるようです。
さらに大きな課題があります。後継者の問題です。加藤さんには、二人の子供さんがいらっしゃいますが、いずれも女性で既に嫁いでいらっしゃるそうです。
長年地道に営んできたお店を今後どうするか、岐路に差し掛かっているとも言えるようです。
でも、私たちは、加藤さんの来し方をうかがっていると、そのご商売は絶えることなく、これからも続いていってほしいと願わずにはいられませんでした。
聞けば、加藤さんのおうちは、代々職人さんをしてこられているのでした。ご先祖は傘職人、お父さんの代では、染め物のお仕事をなさってこられたのでした。
(豪華な武者人形を背後にしてお話しされる加藤さん)

そんな手仕事職人の気風は今の加藤さんからも十分感じられるもので、木の板に名前を毛筆で書いているご様子は、真剣な中にもどこか楽しそうにも見えました。
色紙などに描かれた絵も、おおらかで明るく、見ていて楽しい気分になりました。
ただ、この世界もご多聞に漏れず、機械化の波にも翻弄されているのでした。木の名札に記す名前などは、現在手書きすることはほとんどなく、コンピューターなどでこぎれいに記す時代になったのでした。その台もプラスチックを使ったモダンなものにとって変わりました。
長年日々こつこつとお仕事されてきた加藤さん。その生粋の職人さんが26年前に、名札に精魂込めて書き上げた息子の名前が、今いっそう存在感をもって見えました。